古典文学読書会のブログ

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転がる香港に苔は生えない by 星野博美

 

私は古典文学の読書会を運営しているくらいなのでノンフィクションとフィクションを比べたら、フィクションの方がすごいと暗に思っていた。

 

そんな思い込みを見事に破壊してくれた素晴らしいノンフィクション。第32回大宅荘一ノンフィクション賞受賞作。

 

著者は広東語を習得し、2年間、香港の貧しいエリアとされるシャムスイポー(深水埗)で暮らし、1997年のイギリスからの香港返還も経験した。現地に根ざしたデープな体験に基づく著者の品格ある生き様を感じさせる作品。

 

 

香港は文革などで中国本土から逃れてきた人たちが作った空間だ。多様な人々を受け入れる器があり、色々な背景の人が混在する街を作り上げている。

 

それを著者は以下のように語る。

 

p618

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香港の特殊性は、元をたどればほとんどの人がここ以外の土地から流れてきた移民だったという点に尽きる。この場所は永遠ではない。土地も国家も信用に値しない。だからここでできるだけ多くのものを早く手に入れ、さっさと逃げていく。その切迫感が香港の混沌を生み、未曾有の活力を生み出し、土地に必要以上に執着を持たないフットワークの軽い香港人気質を形成した

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しょせん誰もが移動してくのだから、日本人でも対等に扱われる。そんな寛容さと客観性を持つ街というわけだ。

 

 

 

また、本書の魅力は、著者の鋭く正直な人間観察にあると思う。その観察は見事な筆使いで文章に落とし込まれている。

 

例えば、品性についての星野氏の観察に私は納得させられた。

p506 より引用すると

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日本人のブランド好きを、いい物が欲しいが自分の価値基準に自信がないため、ブランド品を選んでおけば間違いなくて安心だ、という成り金志向だとすれば、香港の金持ちもまさにその類である。これは日本人や香港人の特性というより、短い時間で急に金を持つようになり、年月をかけて品性を育てる忍耐力のない人々に見られる傾向であり、金という手段でしか自分を表現することのできない人たちの宿命というべきであろう

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著者の正直な観察力と筆力が魅力の本だ。