2026年1月の読書会では『失敗の本質』について議論した。
議事録を公開する。
・前回の『菊と刀』から今回の『失敗の本質』という流れの選書が秀逸であった。
前回の読書会ではルースベネディクトの『菊と刀』について話した。
『菊と刀』では、第二次大戦における日本軍および日本人の行動を米軍およびアメリカ人のそれと比較分析した。
今回の『失敗の本質』も第二次大戦における日本軍とアメリカ軍を比較分析した本である。
日本人が人間関係を重視するあまりに自由に物事が言えないことが失敗、つまり敗戦の要因である。このことは2つの本のオーバーラップする主張である
前回の読書会の後、ルースベネディクトの『文化の型』を読んだという参加者もいた。
・戦後の実業界を代表する人間も当然従軍していた
下着メーカーのワコールの創業者の塚本氏や後に伊藤忠の会長になる瀬島氏などはインパール作戦に従軍していた。
・ニーチェのギリシャ芸術の分類:アポロン型とデュオニッソス型
理性的なアポロン型と情動的なデュオニッソス型でいえば、
日本軍は大事な場面において情動で動かれたという意味で、デュオニッソス型になる。
日本軍は理性的な決断(アポロン型的な)は大事な場面ではすることはできなかった。
日本人の行動は場当たり的で帰納的な傾向が強かった。
対して、アメリカ人の行動は大戦略から逆算するような演繹的な傾向があった。
日露戦争の頃の日本は、技術的な面でもロシア(ノモンハン事件の時と比較して)を上回っていた点がある。
例えば、モールス信号を使うなど当時の先端技術を使っていた。
情報戦でも日本は日露戦争の時は強かった。
もちろん、日露戦争時にも精神論的なものも多少なりとも存在はした。
・なぜ『失敗の本質』がベストセラーになったのか?
この本は6人の著者によって書かれた共著本である。
特に有名なのが歴史家の戸部良一と
1984年にこの本が出版された。
当時は日本の経済は好調であった。
1991年に文庫化されている。
当時からバブル崩壊の予兆なようなものはあったから、そう言った世相とこの本の主題がマッチしたのではないか。
また、冷戦崩壊後の文脈まで、時代を押し広げると
冷戦のときには当然、中国は世界経済のマーケットに入って行きにくかった。
しかし、冷戦も終結し、グローバル化が進展していくと、中国の安くて良い製品が世界に浸透していった。
結果として日本を始めとした国々で作られたものが世界で売れなくなっていく。
こういった日本経済の衰退もこの本が売れ続けた背景としてある。
また、第二次大戦の敗戦原因の研究事態が長らくタブーであった。日本の敗戦の研究と言うテーマにあえて積極的に切り込んだ研究として、人々は関心を持ったのではないか。
そして、この本で語られている日本軍の劣等性は、実はいまだに日本の社会や組織が抱えている劣等性ではないか?そういう問題意識が多くの人に共有されていると言うことではないか。
バブル崩壊前、日本の企業に勤めていた参加者からは当時の日本企業がめちゃくちゃなことをやっていた話を語ってくれた。
男女差別は当たり前であるし、利益を追求するのではなく単なるごますりを延々とし続けるサラリーマンも多かった。いまだにこういった問題はあるとは思うが、当時よりはまともになった。
・愛国心は戦争につながるのでは?
愛国心がいきつくところは、結局は戦争なのではないかと言う意見が出た。
そして、戦争が一旦起こったら互いに自分の正義を主張して譲らない状況になる。
戦争が起こってしまったら、正義しかないのだ。
愛国心は危険を孕んでいる。
そして、日本人が精神主義的になれたのは、やはり天皇と言う当時の日本の文脈における絶対的な神(戦前の天皇制)が存在したからではないだろうか。
また当時日本人は戦争が好きだった。
当時は、子沢山が一般的だったので、例えば10人子供を産んで、仮に6人が戦死したとしても、その親は戦争に子供を送ることによってその天皇陛下に貢献することができたと喜んだ。
日本人は戦争が好きだった。
この辺は現代の感覚とだいぶ違う。
もし今戦争が起きた時、天皇が人間になった今、日本人は何のために戦うのか?
・主体的という言葉について
昨今、日本の教育において主体的な人材になることが重要視されている。
高校や大学の入試においても、主体的に活動したことを作文形式で書かせるような課題が出題される。
『失敗の本質』の中でも日本軍が主体的に組織変革することができなかったということだ。主体的という言葉がこの本の中で頻繁に出てくる。
しかしながら、主体的という言葉について、踏み込んだ分析は、正直この本の中でも見られなかった。
と言うのも、主体的と言うのは、日本の文脈の中ではいわゆる適応的自主性であることが多い。
つまり、与えられたものをうまくこなしていく人のことを主体的と言うことが一般的だ。
主体的と言う言葉に問題意識を持っている参加者からこのような見解が共有された。
その意味では、日本人は第二次大戦の敗戦の時もそうだし、今に至っても本当の意味で主体的になっているとは言えない。
単に主体的という言葉を使って主体的になったと思い込もうとしているだけではないか。
また、主体的という言葉はおそらく日本にはなかった言葉なのではないか。
西洋から輸入された言葉である事は間違いないであろう。
マルクス主義の研究が盛んだった時は、主体と客体という言葉が使われたようだ。
生産システムとして客体化された人間たちが、主体的な人生を取り戻すという意味での主体的と言う意味合いがマルクス経済学的にはあるのではないか。
また、近年、アクティブラーニングなどで主体性が重視されているのは、日本の経済が悪くなったことの証であろう。結局何が失敗の原因だったかと言うことを考えれば、やはり主体性の欠如と言うのは簡単に思いつきそうなことだ。
・当時は富国強兵という戦争の目的が明確にあった
当時は植民地獲得競争という文脈があり、富国強兵というゴールも明確であった。
日本人はなんとなく意思決定をしているように見えるが、当時の社会的政治的背景を考えると、富国強兵という明確な目的を遂行するために、戦争が始まった。
1928年のパリ不戦条約以前は外交問題の解決手段として戦争に訴える事は国際法的にも合法であった。
満州事変(1931年)が実際的には戦争であるのに、事変(国家間の『戦争』ではなく、あくまで局地的な治安維持活動)と呼ぶのは、日本が調印したパリ不戦条約(1928年)に抵触しないためだ。
戦争が拡大するまでの背景や敗戦に至るまでのプロセスを見てみると、曖昧なコミュニケーションの結果として、戦争が拡大したり敗戦に至った側面も事実としてあるが、戦争には、明確な富国強兵という目的はあった。
・天皇主義者でなくても、特攻隊になった。
特攻隊になった人が必ずしも天皇主義者であったわけではない。
特攻隊になった人は社会が要求するものに答えただけと言う人も多かった。
・最後は集団自殺した
主体性の欠如した日本は自分自身で変わることができなかった。
集団自殺をしてアメリカに変えてもらうしかないと考えた日本人が当時からかなりいた。
戦艦大和の乗組員だった人が書いた文章などから、そういったことが伺える。
・なぜ沖縄戦か?
沖縄戦は本土決戦のための時間稼ぎとして位置づけられていた。
沖縄への日本本土から差別が確実に背景にある。